浄土真宗の往生

浄土に往(ゆ)き生(う)まれる「往生(おうじょう)」についても、浄土真宗の特色があります。


仏教一般で「浄土に生まれたい」と願うのは、浄土が環境がよくて修行するのに適していて、その行が後退する心配のない世界だからです。
まずはこの穢れた世界(穢土)からその浄土に往生して、それから修行を進めて仏に成る……という考え方があるからです。


ところが浄土真宗では現生(げんしょう|この世界)において、信心を得たそのときに必ず仏に成るべき身に定まります。この後退することのない位を「正定聚」といいます。浄土に往生してあらためて修行する必要はありません。

ただし、生身の肉体を持っているために、この世で仏に成ることはできません。ですが、浄土に往生して仏と成る因はすでに満足しているので、肉体が滅するとき……つまり命終のそのときに仏に成るのです。


このことを親鸞聖人は『教行信証』「信文類」に

念仏の衆生は横超の金剛心を窮むるがゆゑに、臨終一念の夕、大般涅槃を超証す。

とおっしゃっています。


このように浄土往生と同時に仏と成ることを「往生即成仏」といいます。仏と成った暁には、直ちに「還相(げんそう)」という衆生救済のはたらきを始めます。

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2025年09月30日