安居に出席しています。
私のようなノーマル住職にとっては、貴重な宗学研鑽の機会です。
事前の勉強が必要となるのは参加者による教義問答である「会読(かいどく)」です。
私は「法界身義(ほうかいしんぎ)」という論題(テーマ)の問答担当が当たりました。
■法界身義
【題意】法界身についての釈の諸相をうかがい、宗祖においては、法界身の義が信心の徳をあらわすことを明らかにする。
難しいテーマです。
今回の会読を司る「典議」である井上善幸和上からご助言があり、2015(平成27)年の安居でこの論題を取り扱った武田晋和上による「親鸞の法界身理解について」という論文を読みました。
【結びにかえて】
親鸞においては『観経』第八像観に示されるような観察行は凡夫には不可能なる行業とみられているが、その文中の法界身の理解をめぐっては法界身観が独自に展開したかたちで理解されている。すなわち、聖道諸師の理法界身や浄土教祖師の事法界身理解とは相違したかたちで、曇鸞・善導の釈文を承けている。
法界身とは「法界」が迷いの衆生界に働く「身」であり、阿弥陀仏であり、より具体的には智の光明名号であると見ている。よって、親鸞は、諸師や浄土教祖師が当面では事理の観で釈される「是心作仏是心是仏」の文言も、『教行信証』の引用展開においては名号聞信の一念において願力回向の信心が大慈悲心の展開であり、仏道の正因であることを解釈された文を助顕した文として受容展開されているのである。
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