梵鐘②

稱名寺の梵鐘について調べました。


この鐘を鋳造したのは「鈴木播磨大掾(すずきはりまだいじょう)藤原定久(ふじわらのさだひさ)」という職人のようです。
「掾(じょう)」は宮家や宮中が職人・芸能人に授けた称号で、「大掾(だいじょう)」は最高位の名誉号だったといいます。藤原姓を名乗っているということもあり、国家御用達の鋳物師なのかもしれません。


検索をしたところ、東京都台東区谷中にある日蓮宗寺院・宗林寺の梵鐘がヒットしました。

宗林寺(そうりんじ)は妙祐山と号する日蓮宗寺院である。はじめは駿府(静岡県静岡市)に創建されたという。その年代は不明だが、天正年間(一五七三~九二)に江戸昌平橋外に移り、後に上野東寺町に移転したという。さらに元禄十四年(一七〇一)に当地へ転じた(『御府内寺社備考』)。
本鐘は銅製、鋳造。大きさは、総高153.2cm、口径86.6cm。宝暦4年(1754)、鈴木播磨大掾藤原定久(すずきはりまだいじょうふじわらのさだひさ)によって制作された。 本鐘を鋳造(いも)した、鈴木定久は江戸時代中期中葉に活躍した江戸の鋳物師(いもじ)であり、神田に居住したことが作例の銘文から知られる。
定久の活動期間は宝暦年中(1751~1764)の短期間で、作例は銅鐘、銅常香盤、銅燈籠など8例が知られる。とくに銅鐘は、本鐘を含めて5例が知られるが、現存が確認できるのは2例にとどまる。
本銅鐘は鈴木播磨大掾藤原定久が制作した遺品の内、現存するものとして希少であり、その重要性はきわめて高い。さらに、近世の鋳物師の制作活動や、鋳造技術を知る上で貴重な遺品である。 平成29年3月に台東区有形文化財(工芸品)として台東区民文化財台帳に登載された。

どうやらこの職人の作成した梵鐘は5口中2口しか現存していないそうです。この2口とは「宗林寺の梵鐘」と「稱名寺の梵鐘」のことでしょう。


大正2年(1913)刊行の『日本鋳工史稿』には次のようにあります。

鈴木播磨大掾藤原定久 神田住

◎武州橘郡大師河原金剛山平間寺銅常香盤 寶暦四甲戌年三月吉祥日〔二四一四〕江戸麻布坂下町施主藤屋半七、銅匠武州江戸大門通銅屋寅次郎、鑄物師鈴木播磨大掾藤原定久作。(天保五年再興銘もあり)※原文は「天保五年再」「興銘もあり」

◎谷中鶯澤宗林寺鐘 寶暦第四龍集甲戌天孟夏吉辰〔二四一四〕鑄物師鈴木播磨大掾藤原定久。

◎小石川第六天町稱名寺鐘(銘に武藏國豊島郡江戸小石川廣國山一心院稱名寺)寶暦十 年歳次庚辰三月〔二四二〇(皇紀2420年)〕鑄工江戸神田住鈴木播磨大掾藤原定久。

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2026年08月24日