人は皆 生きてるのではなく 生かされてる

日本における自殺者の数は3万人を切ったとはいえ、依然として高い水準で推移しています。
自ら死を選ぶ人は、人とのつながりを実感することができなかったり、孤立してしまっていたりするのかもしれません。

そうした断絶や孤立には個別の理由があるとはいえ、一方で「自分のいのちは自分のもの」とか、「自分のいのちなのだから自分の勝手にしてよい」という考え方が広く行き渡っていることにも目を向ける必要があります。
仏教の考え方では自分の「いのち」は、自分がつくったものでもなければ、自分の私的な所有物でもありません。
たまたま先祖代々から授かった恵まれた「いのち」であり、いわば預かりものです。
自分の「いのち」は網の目のようにいろいろな「いのち」とつながっており、周りの「いのち」に支えられてこの世に存在しているのです。
ですから、「自分のいのちなのだから、自分の勝手にしてよい」とは決して言えないのです。

自らいのちを絶つ人はさまざまな事情によって社会から孤立しており、「いのち」のつながりを実感できないのでしょう。
スマートフォンによって誰かとつながっている気になっている人もいますが、人間のこころは人間によってでも癒されないときがあります。
それでも孤立感を解消するには「わが家に帰って家族と話をする」「友人に自分の思いを聞いてもらう」などして、生身の人間同士で触れ合う機会を少しでも増やしていくしかありません。

もし、人と会って直接語り合うのが難しいようなら、小さいころのアルバムなどを開いてみてはいかがでしょうか。
そこにある写真には親や兄弟、祖父母、幼なじみなど、顔見知りの人がたくさん写っているのではないでしょうか。

そうした子どものころからの自分を取り巻く人々のことを思い起こせば「自分は大事に育てられてきたのだ」「自分は多くの人に支えられてきたのだ」と、自分を受け入れてくれている者の確かさが感じられ、自己を肯定的に見られるようになるのではないかと思います。
自己を肯定することは元気の源になります。それは同時に、いのちのつながりを意識することにもなるのです。

便利さを追求するあまり、いのちのネットワークが見えにくくなっている今の社会。たとえ不便であろうとも、人間同士が直接に触れ合う機会をいかに増やしていくかにこころを砕きたいものです。

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2023年01月01日