仏はこれ医王なり 法はこれ良薬なり

仏教の基本的な教えとはなんでしょうか。仏教は地域によって大幅に性格が違います。すべてに共通しているものを探すのは難しいですが、一つは「欲望を制御して戒を守り、心身を清らかにすること」です。
二つめは「禅定」といい、最近では「メディテーション」という英語が普及しています。いわゆる精神統一、精神集中です。
三つめは「本当の智慧を得ること」です。ものを「自分と他人」「善と悪」のように主客二元対立の対象としてみる客観的な知識・知恵ではなく、二元対立を超えたところに開かれる直感的な智慧を得ることです。

次に縁起という考え方も共通しています。日本語では違う意味で使われることが多いですが、本来は漢字の通り「縁りて起こる」「さまざまな原因が縁り集まって物や現象、事柄が起こっている」という意味です。
私という存在も西欧風の「確固たる自己・自我」というよりも、むしろ「いろいろな条件が縁り集まって、今の瞬間に私という存在に仮になっている」という考え方です。世の中の物事すべてが「縁りて起こる」のですから、キリスト教との大きな違いが、創造神・クリエーターを立てないというところにあるわけです。

もう一つ、仏教の特色を表す言葉として「仏陀」(日本では仏さまとか仏)という言葉があります。サンスクリットとかパーリ語というインドの元の言葉をたどりますと「ブッダ」というのは「知る」という動詞の過去分詞から出た言葉であり「知った人」です。英語ではAwakenedあるいはEnlightenedと訳されています。意味としては「目覚めた人」「真実に目覚めた人」「本当のことがわかった人」です。

つまり仏教のめざすところは「本当の智慧を得る」「本当に目覚める」「真実に気が付く」です。 煩悩・欲望に引きずられていては、本当のことがわかりません。

以前、アメリカで活動する僧侶が「仏教は医療モデルである」と仏教を端的にうまく表現していました。

「私たちは欲望にとらわれ、本当のことがわからなくて迷っている病人である」「さとりを開いた仏陀、仏さまはその病気を克服したご本人でもあるし、後から来る病人を救う医者のようなはたらきもする」。非常にわかりやすいたとえです。病人を処罰することはありません。

この人は「キリスト教は法律モデル」とも話していました。キリスト教は人間にとって神さまとの契約が非常に重要といいます。私は専門外ですが「神さまと私が約束をして、約束を守ること」が大事であり、守れないと大変なことになるという関係が成り立っています。

要するに、仏教はキリスト教とかなり違うものの考え方をしているのです。日本人にとって、創造神・クリエーター、天地万物を創造した神さまというのは、なかなか想像しにくいし、神さまと契約するという考えも理解しにくいのではないでしょうか。

日本人にもクリスチャンの方はたくさんいらっしゃいますが、仏教文化の根付く日本では西欧のように「創造神」と「契約」を身近に体験されている人、すっきりと納得できる人は少ないかもしれません。
反対に西欧の方には、仏教的な「縁起」だから創造神はいらないという考え方は不思議に思うでしょう。

先月の言葉

翌月の言葉

今月の言葉一覧

2025年08月01日